高萩で仕事をしました

忘れもしない2011年3月11日、大震災で我が町浦安は、甚大な被害に見舞われましたが、高萩市も、それに負けず劣らぬ被害を受けました。

その年、6月には、発表会が予定されていて、予約を戴いていましたが、会場である高萩市文化会館の天井が落下するなど、甚大な被害を受け、発表会は無期延期になりました。

 

今年になって、会主様から、仕事の依頼を頂きました。

文化会館が修復され、発表会が出来るようになったとのこと。

会主様の義理堅さに感激しました。

私を忘れずにいてくださったんだ。

 

微力ながら、同じ被害を受けた者同士、是非、協力させてください、ときたもんだ。

浪花節の世界です。

 

で、鬘屋さんを紹介して、鬘も作りました。

鬘は、4枚と少ないので、鬘屋さんが出張すると、人件費や交通費もかかるから、私が鬘を被せやしょう。

別に会主さんが経費を惜しんだわけではないのですが、同じ被災地同士、頼まれもしないのに、なんだかそうしないではいられない心境になったのです。

てなわけで、今日は、顔師と鬘屋兼務です。

当日、5時起きをして千束の鬘屋さんに寄って鬘を受け取り、8時に高萩着。

確かに、高萩市の道は凸凹で、我が街、浦安とそっくりでした。

でも、会館は、立派に修復され、内装は、見違える程、綺麗になっていました。

よかった、よかった。

会場は、立ち見が出る程の盛況でした。

こうして、好評のうちに会は、めでたく終了しましたが、私が何より嬉しかったのは、高萩市が、我が町浦安同様、震災から徐々に復興し、発表会に満員の観衆を集めるまでになったことです。

 

この日は、鬘を付けた人と素踊り(鬘を付けません)の人がおいででしたが、次回は、全員が、鬘を付けて踊りたいというお言葉まで戴き、顔屋冥利に尽きる1日でした。

感涙に咽びながら(大袈裟だー)

 

 

おしまい